ベトナム改正個人所得税法(PIT法)の概要と企業実務への影響

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改正個人所得税法の概要

― 基礎控除・扶養控除の大幅な引上げと累進税率制度の再構築 ―

2025年12月10日、ベトナム国会は「改正個人所得税法(PIT法)」を正式に可決しました。本改正は、近年の物価上昇や生活費の増加を踏まえ、個人の税負担構造を現実に即したものへ見直すことを主な目的としています。特に、納税者本人および扶養家族に対する控除額の引上げ、ならびに給与・賃金所得に適用される累進税率制度の簡素化は、多くの個人および企業実務に直接的な影響を及ぼす改正点として注目されています。

本稿では、改正個人所得税法のうち、日系企業の駐在員給与設計や現地従業員の給与計算に影響の大きいポイントを中心に、その概要と実務上の留意点を整理します。

基礎控除および扶養控除額の見直し

今回の改正における最も重要な変更点の一つが、個人所得税の算定において控除される金額の引上げです。国会常務委員会が発行した決議第110/2025/UBTVQH15号に基づき、政府は以下のとおり控除基準を改定しました。

まず、納税者本人に対する基礎控除額は、従来の月額1,100万VNDから1,550万VNDへと大幅に引き上げられました。これは、最低限の生活費水準をより実態に近づけることを目的とした措置であり、単身者を含むすべての納税者にとって課税所得の圧縮効果が生じます。

次に、扶養家族1人あたりの控除額についても、月額440万VNDから620万VNDへと引き上げられました。扶養家族には、一定の要件を満たす配偶者、子、両親等が含まれ、特に複数の扶養家族を抱える世帯では、実質的な税負担の軽減効果がより顕著になると考えられます。

これらの控除額引上げは、給与水準そのものを引き上げるものではありませんが、可処分所得の増加につながるため、消費の下支えや生活安定化の観点からも重要な制度改正といえます。

給与・賃金所得に対する累進税率制度の再編

改正個人所得税法では、控除額の見直しに加え、給与・賃金所得に適用される累進税率制度についても抜本的な再構築が行われました。

従来の制度では、課税所得に応じて7段階の税率区分が設定されていましたが、今回の改正により、これが5段階へと簡素化される予定です。税率区分の整理により、制度全体の分かりやすさが向上するとともに、給与計算実務の負担軽減も期待されています。

改正後の税率構造を見ると、中所得層に該当する一部区分では税率が引き下げられており、これにより給与所得者の税負担が緩和される設計となっています。一方で、月収1億VNDを超える高所得者層については、引き続き最高税率35%が適用されるため、所得再分配機能は維持されています。

改正後に適用される給与・賃金所得に対する累進税率は、以下のとおり整理されています。

税率区分 課税所得(年額)(百万VND) 課税所得(月額)(百万VND) 税率 
第1区分 ~120 ~10 5%
第2区分 120超 ~ 360 10超 ~ 30 10%
第3区分 360超 ~ 720 30超 ~ 60 20%
第4区分 720超 ~ 1,200 60超 ~ 100 30%
第5区分 1,200超 100超 35%

※年額では120百万VND、360百万VND等の区分に対応

このように、税率区分の統合と調整により、特に中間層における課税の急激な増加が緩和される点が、今回の改正の特徴といえます。

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施行時期および制度運用上の注意点

改正内容の適用時期については、改正項目ごとに整理して理解する必要があります。基礎控除および扶養控除の新基準については、決議第110/2025/UBTVQH15号に基づき、2026年分の課税期間から適用される予定です。

一方、累進税率(5段階)についても同様に2026年分の課税期間から適用されると解釈されるものの、2026年1月1日から直ちに適用されるかどうかについては、現時点では明確な公式見解が示されていません。この点は、年初からの月次給与計算や源泉徴収実務に影響を及ぼす可能性があるため、今後公布される政令や通達の内容を慎重に確認する必要があります。

また、改正個人所得税法の具体的な運用方法や手続については、現段階では詳細を定める政令が未公表であり、控除適用方法、税率適用時期、経過措置の有無などについては、今後順次明らかになる見込みです。

企業実務への影響と対応の方向性

本改正は、個人の税負担に影響を与えるだけでなく、給与計算や源泉徴収を行う企業の実務にも直接的な影響を及ぼします。特に、控除額および累進税率の見直しは、月次給与計算、年次確定手続、税コスト管理の前提条件に変更を生じさせる可能性があります。

日系企業においては、現地従業員の給与設計の再確認に加え、駐在員に係る個人所得税負担の試算や、2026年以降の人件費予算への反映を含めた検討が必要となります。また、改正内容の適用開始時期によっては、年初からの源泉徴収方法の変更や、システム設定の見直しが求められる場合も考えられます。

現時点では、改正法の詳細な運用を定める政令や通達が未公表であるため、企業としては拙速な対応を避けつつ、今後の法令公表を前提とした情報整理および影響分析を進めておくことが重要です。

まとめ

今回の改正個人所得税法は、基礎控除および扶養控除の引上げと、給与・賃金所得に対する累進税率制度の再編を通じて、個人の税負担構造を現行の経済状況に即した形へ見直す内容となっています。特に、中所得層を中心とした税負担の緩和が意図されており、制度全体の分かりやすさが向上した点も特徴といえます。

一方で、改正内容の具体的な適用時期や実務上の取り扱いについては、今後公布される政令や税務当局のガイダンスに委ねられている部分も少なくありません。企業および個人双方にとって、引き続き最新の法令動向を注視し、正確な情報に基づいて対応を進めていくことが重要となります。

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