ベトナムにおけるE10義務化とEV転換政策の制度的連動
― 通達第50/2025/TT-BCTと首相決定876/QĐ-TTgの構造分析 ―
はじめに:燃料政策と車両政策は別制度ではない
2025年11月7日に公布された商工省通達第50/2025/TT-BCT号は、ベトナム国内におけるバイオ燃料混合比率の適用ロードマップを明確化しました。本通達は、ガソリンに対するエタノール混合率を段階的に引き上げ、最終的にE10(エタノール10%混合)を全国標準とすることを定めています。
一見すると本措置は燃料分野の規制にとどまるように見えます。しかし実際には、本通達は首相決定第876/QĐ-TTg号(2022年7月22日公布)に基づく交通分野グリーン転換戦略の具体化措置に位置付けられます。すなわち、E10義務化は単独政策ではなく、EV転換政策と並行して設計された移行措置の一部です。
本稿では、通達第50号と首相決定876号の制度的関係を整理し、企業実務への影響を多角的に検討します。
通達第50/2025/TT-BCTの制度内容
(1)E10全国義務化の開始時期
通達第50号は、2026年6月1日より全国において無鉛ガソリンに対しE10の使用を義務付けると定めています。これにより、従来主力であった鉱物由来ガソリンRON95は事実上E10へ置き換えられることになります。
これは単なる推奨ではなく、行政命令に基づく強制的適用措置です。石油販売事業者は、混合比率を遵守した製品のみを流通させる義務を負います。
(2)E5 RON92の経過措置
E5 RON92については、2030年12月31日まで並行流通が認められています。ただしこれは過渡的措置であり、2031年以降は全面廃止が予定されています。
この経過措置は、既存車両や地方市場への配慮と考えられますが、制度設計上は「E10への完全移行」が明確なゴールとして設定されています。
(3)インフラ整備の進展
主要石油企業であるPetrolimexおよびPVOILは、既にE10対応設備の整備を完了し、試験販売を開始しています。これは国家主導型の政策推進モデルを反映するものです。
燃料貯蔵タンク、混合設備、品質管理システムの更新は、単なる仕様変更ではなく、大規模な設備投資を伴う制度適応といえます。
首相決定876/QĐ-TTgとの制度的関係
通達第50/2025/TT-BCT号によるE10義務化は、単独で設計された燃料規制ではありません。本措置は、2022年7月22日に公布された首相決定第876/QĐ-TTg号(交通分野におけるグリーンエネルギー転換および温室効果ガス排出削減プログラム)に基づく政策体系の一部として位置付けられます。
首相決定876号は、2050年ネットゼロ達成を前提に、交通分野における段階的脱炭素化の方向性を示した国家戦略文書です。同決定は、電気自動車(EV)への転換促進、公共交通の電動化、燃料構成の見直し等を包括的に設計しており、その具体化措置として各省庁通達や首相指令が順次発出されています。
首相決定876号の制度構造および政策全体像については、下記別稿にて詳細に整理しています。
【交通】交通分野グリーンエネルギー転換プログラムの概要(首相決定876/QĐ-TTg号)
本稿では、決定876号の全体設計のうち「既存内燃機関車両に対する排出削減措置」という側面に焦点を当てます。EV化が中長期的構造転換であるのに対し、E10義務化は短期的排出削減を担う移行措置と位置付けられます。
すなわち、
短期:E10導入による既存車両の排出削減
中期:公共交通および商業車両の電動化
長期:内燃機関依存からの脱却
という三段階モデルのうち、本通達は第一段階を具体化する制度です。
このように、通達第50号は単なる燃料仕様変更ではなく、国家交通再編戦略の一環として理解する必要があります。
EV転換政策の実質的意味
EV転換政策は単なる技術革新ではなく、都市交通構造の再設計を伴います。
特にハノイおよびホーチミンでは、都市中心部への内燃機関車両規制が段階的に進む見込みです。これは以下の影響を生みます。
- 配送網の再構築
- フリート管理の長期更新計画策定
- 充電インフラ投資
- 都市物流モデルの再設計
EV化は「車両の置換」にとどまらず、事業運営モデルそのものを変化させます。
企業への実務的影響
(1)燃料事業者
- E10対応設備投資
- エタノール安定調達契約
- 混合比率管理体制の強化
- 在庫・物流管理の再設計
価格変動リスクへの対応も重要課題です。
(2)物流・製造業
燃料制度変更とEV規制は、輸送コスト構造に影響を与えます。
- 配送拠点の再配置
- ラストワンマイル戦略の見直し
- EV導入コストと補助政策の検討
- CO₂排出量算定とESG開示対応
特に外資系企業にとっては、グローバルサプライチェーン脱炭素要求と直結します。
(3)自動車・二輪産業
- 製品ラインの電動化転換
- 研究開発投資の方向性変更
- 内燃機関関連部品サプライヤーの再編
これは産業再編政策としての側面を持ちます。
制度の本質:環境政策を超えた産業政策
決定876号と通達第50号を総合すると、これは単なる排出削減措置ではありません。
- エネルギー市場の再設計
- 交通インフラの電動化
- 燃料流通構造の変更
- 都市交通規制の強化
これらは累積的に進行し、交通関連産業全体の再編を促します。
企業にとって重要なのは、本政策を「環境対応コスト」として捉えるのではなく、「中長期経営戦略に影響する制度基盤」として理解することです。
まとめ
通達第50/2025/TT-BCTによるE10義務化は、単独の燃料規制ではなく、首相決定876/QĐ-TTgを起点とする交通分野グリーン転換政策の一環です。
短期的にはE10導入による排出削減、中期的には公共交通EV化、長期的には内燃機関からの脱却という三段階モデルが制度的に構築されています。
ベトナムの交通政策は、すでに構想段階を終え、実施フェーズへ移行しています。今後の下位法令や都市レベル規制の動向を注視することは、単なる法令遵守の問題ではなく、企業の競争力維持に直結する経営課題となるでしょう。
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