ベトナム政令282/2025/ND-CP新たな行政処罰規定の概要

ベトナム政令 282/2025/ND-CP の概要と実務上の注意点                               (治安・社会秩序・社会安全分野における行政違反処罰規定)

2025年10月30日、ベトナム政府は 「Nghị định 282/2025/NĐ-CP(政令282/2025/NĐ-CP)」 を公布し、2025年12月15日より施行しました。本政令は、治安(an ninh)、社会秩序・社会安全(trật tự, an toàn xã hội)、社会秩序を害する行為(tệ nạn xã hội)、家庭内暴力(bạo lực gia đình)などの分野における行政違反行為およびその処罰内容(警告、罰金、是正措置等)を定めたものです。

なお、本政令は 従来の政令144/2021/NĐ-CPを全面的に置き換える新たな行政処罰規定 であり、ベトナム国内の公共秩序および社会安全を確保するための重要な基礎法令として位置付けられています。適用対象は、ベトナム国内におけるすべての個人および法人であり、外国人や外資系企業も含まれます。

以下では、本政令のポイントと、外国人・進出企業にとって特に重要となる実務上の注意点について整理します。

政令282/2025/NĐ-CPの目的と位置付け

政令282/2025/NĐ-CPは、治安・社会秩序・公共安全および家庭内暴力等に関する 行政違反の類型と処罰体系を体系的に整理・明確化すること を目的としています。

従来の政令144/2021/NĐ-CPでも同様の規定は存在していましたが、本政令では、近年の社会環境の変化や関連法令の改正を踏まえ、違反行為の分類の見直し、罰金水準の調整、執行機関の権限の明確化が行われています。

そのため、本政令は、ベトナム国内における行政運用の基礎となる重要な法令であり、進出企業、在住外国人、短期滞在者にとっても理解しておくべき内容となっています。

対象となる違反行為の範囲

政令282/2025/NĐ-CPでは、主に以下の分野における違反行為が処罰対象とされています。

  • 治安違反・公序良俗違反
  • 社会安全に対する違反行為
  • 社会秩序を害する行為(違法賭博、売春、麻薬関連行為等)
  • 家庭内暴力に関する行為
  • 身分証明、在留手続き、通報義務に関する違反(外国人を含む)
  • 公務執行の妨害、当局の正当な要求への不履行
  • 公共の場における騒乱や秩序を乱す行為

このうち、在留手続きに関する違反(在留許可期限切れ、届出義務違反等)については、政令282/2025/NĐ-CPにおいても行政違反として位置付けられていますが、実務上は、出入国管理法その他の在留・居住関連法令に基づく規定と併せて判断・運用される分野となります。

すなわち、政令282は在留関連違反に対する行政処罰の一部を定める位置付けにあり、違反の認定や制裁内容については、関連法令との関係を踏まえ、所管機関が個別事案ごとに総合的に判断することになります。

なお、これらの規定は、ベトナム国内の領土・領海・排他的経済水域内に適用されるほか、ベトナム国旗を掲げる航空機や船舶内でも適用されることが明記されています。

処罰(行政制裁)の主な内容

政令282/2025/NĐ-CPでは、違反行為の内容およびその程度に応じて、以下のような行政制裁が規定されています。

  • 警告
  • 罰金(違反内容に応じ段階的に設定)
  • 違反に用いられた物品等の没収
  • 許可証・資格証の一時停止
  • 是正措置や補償措置の命令
  • 国外退去措置(外国人)

このうち、国外退去措置については、本政令が単独で自動的に適用を決定するものではありません。
実務上は、政令282/2025/NĐ-CPに基づく行政違反の認定を前提として、出入国管理法その他の関連法令に基づき、所管機関が個別事案ごとに判断・決定する措置と位置付けられます。

すなわち、すべての行政違反に対して直ちに国外退去が命じられるわけではなく、違反の内容、反復性、悪質性、在留資格の状況等を総合的に考慮したうえで、法令に基づき運用されることになります。

なお、国外退去に至らない場合であっても、治安・社会安全・家庭内暴力・社会秩序を害する行為といった分野においては、違反の内容によって最大で数千万ドン規模の罰金が科されるケースも想定されており、行政制裁の水準自体が決して軽微なものではない点には留意が必要です。

外国人に関する重要規定:身分証明と在留管理

■ 行政執行時の身分証明提示義務

本政令では、警察等の権限機関が職務上、身分確認を求めた場合、外国人であっても 正当な身分証明書類を提示する義務 があることを前提としています。

具体的には、以下のような行為が行政処罰の対象となります。

  • 当局の要求に対し、パスポートや在留関連書類を提示しない行為
  • 身分確認を拒否、または妨害する行為
  • パスポート、在留許可証等の偽造・改ざん・不正使用
  • パスポート等を紛失したにもかかわらず、所定の届出を行わない行為

これらは軽微な違反であっても罰金対象となる可能性があり、悪質な場合には重い制裁が科されることがあります。

パスポート等の携帯義務に関する実務上の整理

政令282/2025/NĐ-CPには、「外国人は常にパスポートを携帯しなければならない」という一般的・抽象的な義務規定は置かれていません。

しかしながら、本政令第21条では、外国人がベトナム領内を移動する際に、パスポート、国際移動書類、在留関連書類、またはABTCカード等を携帯していない場合、警告または罰金の対象となることが明確に規定されています。

このため、条文構造上は「携帯義務」という表現が用いられていないものの、携帯していない状態自体が行政違反として処罰対象となるため、実務上は、外国人に対して身分証明書類の携帯が求められていると理解する必要があります。

特に、警察等の権限機関による職務上の確認が行われた際に、適切な身分証明書類を提示できない場合には、本政令に基づく行政処罰が科される可能性があります。

外国人個人および企業においては、政令の文言上の形式にとらわれるのではなく、実際の行政運用を踏まえ、移動時には身分証明書類を常に携帯する運用を採用することが望ましいといえます。

最近の身分確認に関する報道と実務への影響

政令282/2025/NĐ-CPの施行後、ホーチミン市など一部の都市部において、外国人滞在者を対象とした身分確認や滞在状況のチェックが行われているとの報道が見られます。警察官が公共の場等で外国人に対し、身分や滞在資格に関する確認を行う事例が紹介されています。

これらの報道については、政令282/2025/NĐ-CPによって新たな義務や一律の取り締まりが導入されたものと受け取る必要はありません。本政令は、治安・社会秩序分野における行政違反の処罰体系を整理・明確化したものであり、従来から行われてきた身分確認や居住管理に関する職務執行について、その法的枠組みを改めて示したものと位置付けられます。

そのため、政令施行後に見られる身分確認の動きは、制度変更そのものというよりも、既存の行政管理が政令に基づき適切に運用されている状況が可視化されたものと理解するのが適切でしょう。

特に外国人の居住や滞在が多い地域において、通常の行政活動の一環として確認が行われていると考えられます。

また、報道されている事例の多くは、正当な身分証明や在留資格が確認できれば、その場で大きな問題に発展するものではありません。一方で、身分証明ができない場合や、当局の確認要請に適切に応じない場合には、政令282/2025/NĐ-CPに基づく行政指導や処罰の対象となる可能性があります。

今後も、治安維持および在留管理の適正化の観点から、身分確認や滞在状況のチェックが継続して行われることが想定されます。外国人個人や企業においては、過度に不安視するのではなく、法令の趣旨を理解したうえで、身分証明や在留関連書類を適切に管理し、当局からの確認に円滑に対応できる体制を整えておくことが重要といえるでしょう。

外国人向けのその他の注意点

本政令では、身分証明以外にも、以下のような在留関連違反が処罰対象となります。

  • 在留許可期限切れ後の不法滞在
  • 許可を得ていない区域への立ち入りや活動
  • 虚偽申告や不正な在留・滞在手続き

これらは違反内容や期間に応じて罰金額や制裁内容が異なります。

施行日と適用上の留意点

政令282/2025/NĐ-CPは 2025年12月15日施行 です。施行日前に発生した違反については、原則として旧政令の規定が適用される場合があるため、違反発生日と処罰時期の関係には注意が必要です。

まとめ:企業・外国人が押さえるべき実務ポイント

ベトナムで事業を行う企業および外国人にとって、以下の点が重要となります。

  • 当局からの身分確認要請に備え、在留関連書類を適切に管理する
  • 在留・滞在手続きを期限内に確実に行う
  • 公共秩序や社会安全に関わる違反リスクを回避するため、社内教育・コンプライアンス体制を整備する

政令282/2025/NĐ-CPは、単なる制度改正ではなく、実務運用にも影響を及ぼす行政規範 として位置付けられています。法令の趣旨を正しく理解し、適切な対応を行うことが重要です。

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